HOME 



美術館展示 美術館展示
常設展:宇治山哲平 宮崎喜恵
所蔵品展:不定期で内容変更
開館時間:10時~17時(水曜休館)
入場料:300円


金賞コロッケ 金賞コロッケ
美術館から目抜き通りに戻って無目的にふらふらと散歩。
そこで目にとまったのが、全国コロッケコンクール金賞受賞のその名も『金賞コロッケ』。
早速、購入、1個140円です。油で揚げてないので、多少ぽろぽろするが、ビーフコロッケのようだ。
夜は山荘無量塔(MURATA)に宿泊。とても創りの素敵な宿。予算に余裕のある方は検討してみるのもよいだろう。
彼女と一緒ならきっと感動してもらえるはず。

2006-03-14 1/100倍返しかも・・・
きょうは打合せの日、バレンタインデーにクライアントに南青山で豪華なイタリアンをご馳走になったので、ほんの気持ちなのですが、PIERRE MALCOLINI(ピエール・マルコリーニ)のチョコをお返ししました。
そうしたら、とても喜んで頂き、なんと今度は湯布院に招待されてしまいました。それも豪華な宿泊付きです。うーん、仕事頑張りますよ~!!

2006-02-20 ど~頑張っても無理
卓上コンロのガスカートリッジの予備が無くなったので、神保町のアウトドア用品店に補給に行った。
もっと安いお店があるんだけど、カートリッジの回収とリサイクルしてるお店なので、エコに協力している。
打合せ前に遅めの昼食。すずらん通りからわき道にそれると定食屋が点在する。その1つの中華飯店にはいった。
隣の席でサラリーマン二人が食べているチャーハンが妙に大きい。
肉野菜炒め定食を注文して数分後、運ばれてきた定食を見て、まずはクライアントにメールを打った。
『すいません、15分程遅れます。』
そうなんです。この定食、なんだぁこりゃ~、めちゃでかい。
野菜は麦藁帽子のような盛り上がりで、しかも圧縮率というか野菜がぎゅうぎゅうに詰まってる。
当然、ご飯はどんぶりにテンコ盛り。2合は軽くある。
メールの返信は『は~い』という軽いノリ。
時間はたっぷりある。気合を入れて食べたのだけど、結局、野菜炒めは完食したが、ご飯は1合以上残してしまった。ごめんちゃい。
常連の女性だろう、うま煮ラーメンを注文の際、『麺は半分で』と言っていた。やはりラーメンも通常モードだと食べきれなさそう。
私も次回、注文するときは『半ライス』(※これが普通盛り)と一声掛けることにしよう。

2006-01-30 麻布十番周辺情報
私の打合せは六本木・麻布十番エリアで夕方から始まる場合が多い。
時々利用している麻布十番商店街通りにあるモンタボー(MONT-THABOR)というパン屋でレーズン&胡桃のクーヘンとチョコパイを買ってからお客先に向かった。
それに気づいた先方の社長さんもお気に入りのパン屋でその界隈では有名だったようだ。
それと麻布十番から飯倉片町へ向う途中にある万豚記飯倉店のラーメンは味がちょっと濃い目だけど安くて美味しい。

2005-11-27 東京モノレール
東京モノレール わが国初のモノレールは、昭和32年(1957)東京上野動物園内(0.3Km)に建設された単線の懸垂型モノレール。
昭和39年(1964)9月17日には、世界最初の都市交通用跨座型モノレールとしてJR浜松町駅~羽田空港間13Km(複線)が開通、折から開催の東京オリンピックには多くの観光客を運びました。
現在でも羽田空港利用者、沿線住民の通勤通学の足として利用されています。私もモノレール沿線住人です。
開通当時は世界貿易センターはなく、東京タワーがよく見えたようです。
現在ではJR山手線の浜松町駅から羽田空港第2ビルまでの約17Kmを23分(快速は19分)で結んでおり,日中4~5分おきに運行されています。
都内のJR線に比べて若干終電が早いのと、浜松町~羽田空港間で片道大人470円と運賃はちょっと割高。
休日のみ限定の羽田空港から山手線内の駅まで500円均一切符などを販売しているので、これを利用してみるのもよいでしょう。

浜松町駅をでると首都高都心環状線の上を横切り、若干の間JR山手線と並行に走った後、大きく左に進路を変え湾岸地区に入ります。


鹿島橋付近の風景 鹿島橋付近の風景
夏場はこの納涼船が東京湾へと繰り出します。

沿革
1959年8月7日 大和観光設立。のちに日本高架電鉄、さらに東京モノレール(株)に商号変更。
1964年9月17日 モノレール浜松町駅~(旧)羽田駅間開業。
1965年12月 名古屋鉄道が東京モノレールの経営から撤退する。
1967年11月1日 日立運輸(株)が東京モノレール・西部日立運輸(株)と合併し、日立運輸東京モノレール(株)に商号変更。
1981年4月13日 東京モノレール(株)設立。
1981年5月1日 東京モノレールにモノレール事業を譲渡し、物流部門は日立運輸(のちに日立物流)に商号変更。
1993年9月27日 整備場駅~羽田空港駅間開業。整備場駅~(旧)羽田駅廃止。
2002年 日立物流が株式を東日本旅客鉄道に70%、日立製作所に30%譲渡し、東日本旅客鉄道が筆頭株主になり、JR東日本グループ入り。
2002年 日立製作所が日本航空に9%、全日本空輸に9%株式を一部譲渡、日立製作所の株式所有率は12%に。
2002年 各駅にホームドア設置。ワンマン運転開始。
2004年12月1日 羽田空港駅~羽田空港第2ビル駅間開業。羽田空港駅は羽田空港第1ビル駅へと改称。

次の記事を表示




Copyright © 2010-2020 幻燈農場 All Rights Reserved®.